これまでこのブログに転載を続けてまいりました「夜話通信」は、前回の「蝶を追う背中」が最終回でした。
このため、カテゴリ「夜話通信・抄」としての記載は、先回をもちまして終了とさせていただきます。
ただ当分の間はブログは残し、この後もおりふしに近況などを綴りたいと考えております。
これまで拙い文章を可愛がって頂きましたことにお礼を申し上げるとともに、これからも機会があれば覗いてくだされば有難く思います。
有難うございました。
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2009.06.09 ▲
お買い物の帰りに、いつものように少し遠回りをして
川沿いの道を歩く
強い北風の吹く季節は、やはりスーパーを出ると
さむいねー、早くかえろ、と
まっすぐに自宅に戻ることも多かったけれど
真っ青な、高い高い空の広がる日曜の午後、わたしも娘も
なんとなく、帰りたくなくて
ぶらぶらと、あの防波堤を、歩きたくなったのでした
たくさんではないけれど
真っ直ぐに伸びる防波堤に沿って、ところどころ
菜の花が咲いている
娘が
ひらひらと舞っている蝶々を見つけて
ととと、と駆け出す
「夜話」を始めた頃
彼女はまだ、三歳で
秋が深まる頃、この道端に咲いたコスモスを
いっこ、にこ、さんこ、と数えながら歩いたのでした
十以上は数えられなくて、きゅうこ、じゅっこ、の次は
また、いっこ、に戻る
月があければ、入学式。
離婚届けにサインをし、娘の親権だけは手放さないと決心をして
二人で暮らし始めたとき
わたしは、この人を、育ててゆけるだろうか、と不安になり
眠れない夜もあったけれど
駆けてゆく、やがて小学生の娘の足取りは
もうつまずいて転びそうな、幼い子どものそれではありませんでした
私に似たのか、同じ年頃の子たちの中では飛びぬけて背が高く
ひょろひょろと手足の長い彼女の後姿に、ふと
少女、を感じます
この人も、やがて羽化をして
少女から、女になるのだ
あと数年もすれば生理が始まり、胸も膨らんで
恋をして
そうして私は、恋に焦がれる娘の、母親になる
その、必ず訪れる日を待ちわびているような
けれど経てきた時間が惜しいような、不思議な戸惑いの中で
陽射しの中をフワフワと羽ばたく小さな白い羽を追って走ってゆく
女の子の背中を、見ていました
〜 夜話通信・2008年3月17日より〜
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2009.04.04 ▲
週末、夕食を終えて何げなくテレビのチャンネルを変えると
ボクシングの中継が放送されていました。
少し以前に
父の記憶を辿りながら
老いたボクシングトレーナーのエピソードを綴ったことがありました。
私はボクシングに詳しいわけでもありません。
ただ、向かい合って殴りあう人々を
観客がはやし立てている
その風景に、ある種の切なさを感じたりもするのです
減量のために食事を摂らず、水も飲まないまま激しい練習をして
頬がこけ、肋骨の浮き出たチャンピオンは
君が代が斉唱されているあいだも
湧き上がるエネルギーを抑えきれないのか、それとも不安で震えているのか
顔を歪め、口元をひきつらせ
小刻みに体を動かし
これに負ければ、明日はない
それは挑戦者も、チャンピオンも同じで
二人はそれぞれに何ものかを背負い
殴りあう、二人の男に
それぞれの自身の人生の、何かを映し、人々は客席で、テレビの前で
がんばれ、倒れるな、とこぶしを振り上げる
だからボクシング、というスポーツは、痛ましくて
今日対戦をするタイの選手に、チャンピオンは二度負けていて
挑戦者として戦った一度目は第1ラウンドの30秒で倒され
二度目は、血だらけにされて負け
その度にもう辞めよう、引退しようと思い
そうして三度めに勝ち、チャンピオンになった
けれど三三歳というのは、ボクシング選手にとっては、もう
とうに盛りを過ぎた年齢なのだそうです。
こわいですよお、怖くて怖くて、たまらない
ぼくは、ボクシングが怖くて、たまんないんですよ
何を問われたのか
彼はインタビューの中で、そんな答えを返していました。
いつか、負ける日が来る
だからチャンピオンは、その負ける日、を待ちながら
戦っているのか、とも思う
そのいつか、は
今日ではなく、いま、ではなく
きっと永遠のいつか、だとしても
〜 夜話通信・2008年3月10日より〜
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2009.03.28 ▲
娘はエネルギーをもてあましているようで
窓を十センチほど開けてみては
いいお天気だね、温度チェックー、と腕を差し出して
手のひらをいっぱいに開き、ひらひらと振っています。
それは、例えば休日にお出かけをしようというとき
冷たい風は防いでくれるけれど、でも窮屈な
ダウンジャケットにするか、それともセーターでだいじょうぶか
そうして窓の外の温度をたしかめる
彼女の、儀式のようなものなのでした。
公園、みんな遊びにきてるよねー
週末は三月の末の暖かさだったそうで
娘は午前の陽射しで明るい窓の外を眺めては
いつもの公園に行きたくて、うずうずとしていました。
数日前には顔を真っ赤にして
お布団から起き上がることもできなかったのに
熱を出した日、幼稚園から帰る車の中で、もう
彼女は元気がありませんでした。
夕食もほとんど口にせず、話しかけてもぼおっとしている
熱を測ると・・・・・高い
時折熱を出す子なので、解熱剤を飲ませ、とりあえず休ませる
けれど夜が更けた頃には、体温計の数字は三九度近くになりました。
なにか、いつもと違う
落ち着かなければ、こんなときこそ、しっかりしなければ
そう自分に言い聞かせはするけれど
都市部に住んでいるから、まだこんな深夜でも
診て頂ける救急病院はある
娘と二人きりで暮らすようになって、最初にしたことのひとつは
近くの病院をHPで調べ、携帯のメモリーに電話番号を登録することでした。
もっと娘が幼かった頃、同じように
夜更けに熱を出した
首筋を触ると火のように熱く、私はうろたえて
このままでは死んでしまう、どうしよう、どうしたらいいのか分からない
震えながら、母に電話をした
あんた、ばかじゃないの!しっかりしなさい
私に電話する時間があったら、救急病院に連絡をして
はやく連れて行きなさい
そう怒鳴られて、我にかえった
あれから、何度かそんなことがあって
お布団に入ると、娘に触れてみることが習慣になりました
時には手をつないでみたり、彼女がペト、と抱きついてきたり
そうして私も、娘も、安心をして眠りに落ちる
窓の外でびゅうびゅうと風が鳴る、二月の冷たい夜も
これは麻疹でしょう
いまはいいお薬もあるから、心配はいりません
頬にできた小さな湿疹を指し
私を安心させるように笑顔を向けてくださった
宿直のお医者様の言葉に
相変わらず未熟な母親は、ふう、と安堵の吐息をはくのでした
都市部に住んでいるから、まだこうして
深夜に駆け込む病院もある。けれど
農村や過疎地の病院がいま、次々になくなっている
産婦人科と小児科の医師が足りない。リスクばかり大きくて
利益が少ないから
このごろ新聞やニュースで話題になる、そんな現実を知ると
そこに住む母親は、あの日の夜に私が感じた百倍も、千倍も
不安と焦りを抱え、暮らしているのだろう
やがて日付が変わる時刻
すれ違う車もないバイパスで信号を待ちながら
注射が効いたのか、助手席で毛布に包まって眠る娘に目をやり
ふと、そんなことを思いました。
翌日には上半身と額に湿疹が少し出ましたが
それも二日ほどでかさぶたになり
お蔭様で、跡が残ることもなさそうです。
顔立ちは私に似て地味だけれど、肌だけは白い子なので
女の子としては、ひと安心、というところです(*^_^*)
週末の暖かさが嘘のように、昨日は九州にも
吹雪のように大粒の雪が舞いました。
幼稚園に迎えに行くと、延長保育の先生が
ほっぺを真っ赤にして教室を飛び出してきた娘の
あとを追うようにして、わざわざ出てこられます
元気でしたよ、お昼にお熱を測りましたが、大丈夫みたいでした
先生にもご心配をおかけしたのに、本人は
今日も雪、つもらなかったねー、雪だるま、できなかったねー
そんな暢気なことを言っています(^_^;)
〜夜話通信・2008年2月25日より〜
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2009.03.21 ▲
先日、古い友人の披露宴に出席をしました。
高校の同級生のなかで、いまも連絡を取り合っているのは
もう、彼女だけになってしまいました。
卒業をし、地元の会社に就職をするのと同時に、彼女はひとりの男性と
一緒に住み始めました。
彼は、私たちの高校の教師でした。
いつも着古したジャケットに膝の出たズボン
そんな身なりに構わない、たしか私たちより十五も年上の、教師は
お昼休みに男の子たちの話題で夢中になる
私たちの
恋愛の対象になるはずもなく
卒業の翌年に催された同窓会を、その人は欠席しました。
友人たちは口々に、二人のことを噂しあった
しんじられないよ
うそだよー
そのとき
彼女と仲のよかった一人が、私は分かるような気がする
そう、ぽつりと言ったことを覚えています。
しばらくして、その
私は分かるような気がする
と呟いた友人を仲立ちにして、携帯電話の番号を教えあい
学生だった私の夏休みに
三人で海に出かけたりしました。
彼は、やさしい
温かな手のひらで覆ってくれるような、優しい人
そして、私には分かる
あの人は、教師として、子どもたちのことを真剣に考えている
だから、尊敬してるんだよ
信じられない、うそみたい
そう噂をされた人は、私たちに
たしかそんなことを言った
真顔で、真っ直ぐに私たちを見て
彼女のお母様は、彼女が小学生のころに再婚をしました。
あたらしい父親を、ながいあいだ、彼女は受け入れられなかったようでした。
だからなのか、と今ごろになって、気づいたりもします。
父親の温かさを、彼に求めたのかもしれない
昨年の初夏だったでしょうか、久しぶりに電話があり
休日に、その人とお茶をしました。
従業員の方がコーヒーを置いて立ち去ると
彼と、別れたんだよ
と、笑った
彼は、優しい人だった
けれどその居心地のいい場所に、ふと不安を感じることもあった
彼には別れた奥さまがいて、
もうずっと以前に別居はしていたけれど、籍は抜いていない
それを知ったのは、一緒に暮らし始めて
少し後のことでした。
このままでも、いいと思ってた
でも昨日も今日も、きっと明日も、このなまぬるい場所に
私はいるのだろうか
そう考えたら、なんか耐えられなくなって
仕事で知り合った人を、好きになった、ような気がした
一晩、帰らなかった
何日も、諍いが続いた
そうして彼女は、およそ十年住んだ彼の部屋を、出たのでした
年が明けてすぐ、彼女から電話がありました。
結婚、してみることにしたよー
え?それじゃ、前の彼のところへ、戻ることになったの?
戸惑って、尋ねると
照れたように、恥じるように
ううん、そうじゃなくて
じゃ、えっと、仕事で知り合った、って言ってた人?
ううん、その人は、そのとき、一度だけ
電話の向こうの声が、小さくなった。
披露宴は、とても素敵でした。
新郎は設計関係のお仕事をされているという、彼女より三歳年上の男性で
美男美女だねえ、お似合いだわ
テーブルの人々は
そうして壇上の白無垢の人を
眩しげに眺める
お母さまのお友だちのご紹介で、だんなさまと知り合ったらしいわよ
彼女、二、三度会っただけで
すぐに結婚を決めたらしいのよ
それって、ひと目ぼれってことよねえ
同僚らしい女性たちの、そんな会話が漏れ聞こえ
そうであってほしい、と
私は願う
忘れよう
彼女の結婚が、そこを端緒にしたのではないことを
お開きになり、娘を連れて会場を出ようとすると
エレベーターの前で新郎新婦とご両親が
来賓の方々にご挨拶をされていました。
おめでとう、お幸せに
手を差し出すと
花嫁は、笑うように、泣くように、笑って
私の手を、握り返した
〜夜話通信・2008年2月11日より〜
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2009.03.15 ▲
冷凍の餃子に農薬が含まれていたそうで、そういえば、と
慌てて冷蔵庫の中を覗いてみると
ずっと以前に買い求めたものが、やはり一袋残っていました。
でもメーカーが違うわと、ほっと一安心はしたものの
なんとなく怖くなり、もう
娘に食べさせる気持ちにはなりません。
捨てるのはもったいないし、どうしよう、と迷ったまま
まだその冷凍餃子は、冷凍庫の奥で眠っています・・・・・・・
中国の食品メーカーの衛生管理や、輸入業者や販売元のチェックや
そんな基本的なことはもちろんだけれど
その以前に、私たちの国が
食べ物の六割を輸入している、ということのほうが、とても重く思えます。
とうもろこしからアルコールを作って自動車の燃料にする
小麦や大豆は、インドや中国の人々の消費量が年毎に増して
値上がりする
そうなのであれば、私たちの国の畑に種をまき、自分たちが食べる食物を
もっとたくさん作ればいい、と
ものごとの現実を知らない私たち主婦は、思うのです。
少し郊外にでも出れば、きっと農家の方が年老いて
跡を継ぐはずの
子どもたちもみな、家を離れて
荒地になってしまった田や畑が、たくさんある
その老いて、子や孫に見捨てられた人々に、さあ
これから大豆と麦を植えなさい
畑を耕してとうもろこしの種をまきなさいと強いるのは、きっと
無理なのだと思う。
ずいぶん以前のことですが、勤めている不動産事務所へ
酪農業をされているというお父さまに連れられ、高校卒業を控えた
男の子がお越しになったことがあります。
彼は、市内の会社に、就職をするのでした。
あら、あとはお継ぎにならないの?
車で一時間ほどの、山ばかりの過疎の町を出て
都心で独り暮らしを始める男の子に
考えの浅い私は、何げなく、そう問いかけました。
酪農業は、もう、だめなんですよ
髪を短く刈った無口な男の子は恥ずかしそうに顔を赤らめ、うつむいて
代わりに、お父様が言葉を返す
臭くて、汚くて、朝は五時から夜中まで牛の世話に追われて
動物を飼っているから三六五日二四時間、ひとときも
家を離れられない
そうして朝から晩まで牛のフンにまみれて仕事をしても
利益はあがらんのです
燃料も飼料も値上がりするけど、牛乳は、あがらんのです
そんな仕事を継げと、息子に言えますか
娘も私も牛乳は大好きだし、チーズもお料理によく使うけれど、それでも
牛乳の消費は増えなくて
酪農家の方から買い取られる価格は
ずっと据え置きのままだった
その単価が、今年になって一リットルあたり一円あがったと
先日の新聞にありました。
三十年ぶりの、値上げだそうです。
パンもインスタントラーメンもマヨネーズも、なにもかも値上げ
牛乳よ、おまえもか
新聞の記事は、そんな書き方だったけれど
スーパーで牛乳のパックを手に取り、以前より、たしか二円
お値段があがっているのに気づいたとき
実は私は、ほっとしたのでした。
あの、息子さんよりも体のずっと小さい、髪にも白いものがめだつ
けれど節くれだった手をしたお父さまは
そして、父親の汚れた作業服の背中を見続けて、それでも
家を出ることを選んだ、あの男の子は
一円分だけ、心が楽になったのではないかと
そうであってほしい、と思ったからでした。
ロハス、というライフスタイル、のようなものが、少し以前から
女性向けの雑誌にも取り上げられていたりします。
自然の中で、ゆったりと暮らそう
ひとことでいえば、そんな生活スタイルを指すのかしら
ほんの少し以前まで、お味噌もお醤油も、着るものも、なにもかもを
人の手が作っていた
食べ物は買うものではなく、庭先の畑で育てるものだった
たとえば明治の頃の人々は、いまの私たちよりずっと豊かで
健やかだったのではないか
ロハスな人々は、そう言うのです。
けれど明治の初め、日本の人口は三千万人で
その頃の食べ物の生み出し方、流通のしかたに今の時代が戻れば
九千万人分の食料が、足りないことになる。
知らない国の工場で安く、大量に作られ、冷凍をされて
貨物船で運ばれてくる餃子は、食べ物というより、むしろ
工業製品なのだと知っている
それでも、たとえば仕事を持つ主婦に、大急ぎで自宅に戻ったあと
息もつかず台所に立ち
小麦粉を練って皮を作り挽き肉をこねて
おなかを空かせた子どものために餃子を作りなさい、というのは
それもまた、過疎の村のお年寄りに休耕田を耕せ
小麦を植えろと強いるのと同じに、少なからず、酷なことなのでした。
娘がもう少し手がかからなくなったら、ずっと郊外に引っ越して
お野菜を育てて、暮らそうかしら
娘からずっとねだられている、猫を飼って
雨の日は、ぼんやりと本を読んで
晴れた日は、土を耕して
そんな、少し非現実的なことを、考えてみたりします。
でも・・・・・・
その頃には私はおばあちゃんで、やがて娘も家を出て
田舎の住まいに、わたしは
ひとりぼっちなの?
ほんの五十年前は、日本の国土の一割が、水田だったそうです。
もちろんその時代にはなかったけれど
人工衛星に乗って六月の日本を見下ろせば
平野という平野に見渡す限り広がる水田に、そして
里山の裾野という裾野に切り開かれた
農家の人々がおじい様のおじい様の代から守り続けた棚田に
山々から導かれた清水が張られ
そうして日本中が大きな大きな湖になって太陽の光を映し
キラキラと光っていた
その美しい風景の残像が、私たちの記憶の深いところに、まだ残っていて
だから田舎暮らし、自然な生活、という言葉に
甘い誘惑を感じるのかもしれません。
今日は幼稚園で節分の豆まきがあったそうで
娘は自分で描いた、鬼さんのお面を抱えて帰ってきました。
去年保育園で描いた絵より、少しは上達してるわ(^_^;)
〜夜話通信・2008年2月4日より〜
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2009.03.07 ▲
寒い季節も、子どもは元気です(*^_^*)
テレビに映る
広場に薄く積もった雪を集め
雪投げをして遊ぶ子どもたちを見ながら、娘は
いいなあ、いいなあ、と
しきりに羨ましがっています。
ゆき、ことしはふらないねえ
あしたくらいに、ふるかなあ
九州にも、ひと冬に一度か二度、雪は積もるのです。
いつの冬だったかしら、階下を過ぎる車の音が、どこかいつもと違っていて
バシャバシャと水を撥ねるような、けれどそれは
耳なれた雨の日の音ではない
カーテンを開けると
向こうの屋根も、ビルの屋上も、見下ろす街路樹の枝も
露出を間違えた写真のように、なにもかも
白く輝いていて
雪よ、雪だよ、起きて起きて
布団の中で丸まっている娘をゆすって
大いそぎで服を着せ、私もそこにあったジャケットを羽織り
部屋を飛び出した
あの日曜の朝、マンションの玄関のそばの植え込みに
吹き寄せられた雪を集めて
小さな雪だるまを作ったことを、彼女は
覚えていたのでした。
あのとき
頬を真っ赤にして作った雪玉を重ね、小枝を拾って鼻と口にしながら
あれ?なんかへん
そう呟き
空を見上げ、耳を澄ましていたのは
憶えているだろうか
ビルの谷間のそこは、普段は
雑踏の音がコンクリートにこだまして
夜には歩き過ぎる女性のヒールの音さえカチカチと高く響くのに
いまは音という音を降り積もった雪が吸い寄せてしまい
しん、と静まり返っている
その不思議に、彼女は
気づいたのでした。
でも
あなたの気持ちはわかるけれど、できれば、大人は
雪など積もらないでほしいと思っているのよ(^_^;)
雪は降らないけれど、それでもこの寒さで
いつもの公園に遊びにゆくのもはばかられてしまい
そのかわり、ではないのですが
保育園から案内のあっていた人形劇に
娘を連れてゆきました。
それは俳優の方たちが着ぐるみに入り、舞台でお芝居をする劇で
こども向けでは著名な劇団なのだそうです。
開演前のコンサートホールは、それはそれは賑やかです。
ママたちは、連れ立ってやってきた子どもをトイレに行かせたり
走り回るわんぱくたちをなだめたり、大忙し(^_^;)
こうして幼稚園の先生がたは、おおぜいの子どもの後ろを
毎日追いかけているのだわ、なんて
あらためて申しわけなく思えたりもします。
迷子になって森にたどりついた遠い星の王女様を
動物たちが力をあわせて励まし
故郷へ帰る彼女を見送る、という
子どもにも分かりやすい、楽しい劇で
俳優の方々の演技力もあるのでしょうが
中に人が入っているとは思えない
クマさんやリスさんの動きには
いつのまにか私たち大人も惹きこまれていました
王女のお父さまたちがやっと彼女を見つけ
星に帰る別れの日
忘れないで、忘れないよ、いつかまた会おう、ぼくらはずっと
ともだちだよ
動物たちが手を振り、空中に浮かんだ王女たちの船を見送るフィナーレには
それまで真剣に舞台を見つめていた
何百人かの子どもたちが、一斉に
ぽろぽろ、大粒の涙を流しています。
子どもだけでなく、じつは私たちも、もらい泣きをしていたりして(^_^;)
王女の船が去ったあと、森に何千もの流星が降り注ぐ
それは、舞台の天井から降りてきた大きなミラーボールに
注がれたスポットライトの光が反射をして
壁にも天井にも、私たちの座っている真っ暗な客席にも
絶え間なく降る
何千、何万もの、光の洪水です。
わあ、と歓声があがり、べそをかいていた子どもたちは、みな立ち上がり
その光を、つかまえようとするのでした。
キラキラと輝きながら通り過ぎる光を、両手をいっぱいに広げ
高い空から落ちてくる雪をつかまえようとするように
つかまえた!と握った手を、そおっと開いて見つめ
あれ?ない、逃げちゃった?
そしてまた、つかまえようと両手を広げ
娘は、自分のセーターのお腹のあたりを通り過ぎようとする光を
懸命に手のひらで抑え
そおっと開いてみては、
あれ?と首をかしげ、不思議そうに私を見上げています。
お兄ちゃんのいる同級生の子たちのお宅には、
ゲーム機があるそうで、彼女も
このごろ時折、ゲームしたい、と言うことがあります。
テレビの画面の中で進むストーリーより、むしろ
現実のほうが絶え間なく
退屈をする間もなく動いている
と、小さな子どもに言って聞かせても、仕方のないことで
けれど、たしかまだ彼女が三歳だった日曜の朝に
高い空から音もなく舞い落ちてくる、淡い雪粒を
わあ、と飛び跳ねて手袋の指先で受け止め
静かに消えてゆくまで
じっと見つめていた
あの音のない、静まり返った日のことのほうを、ゲームより
ずっとずっと不思議だったと
いつまでも、大人になっても、憶えていてほしいと思うのです。
それから、つかまえようとして、けしてつかまえることのできなかった
あの、降り注ぐ光の、不思議のことも。
〜夜話通信・2008年1月28日より〜
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2009.02.28 ▲
煙草は、お吸いになります?
事務所のオーナーがポケットから取り出した見慣れない煙草の箱に
少し興味を惹かれ、あら、可愛い、と手に取ると
1カートンもらったから、ひとつあげようか?と仰います。
パッケージは可愛いけれど
私は吸わないので、頂いても・・・・・・・・(^_^;)
見慣れた日本の銘柄よりずっと小さな箱なのは
それがフィルターのない
ただ葉を紙で巻いただけの煙草だからでした。
彼が一本を咥え、火をつける
休暇で海外に行った友人の土産なんだけど、きつ過ぎて
旨くはないよ
若い頃はいきがって、吸ってみたりしたんだけど
嗅ぎなれた煙にはない、香料のようなつよい香りが漂ってくる
昔のゴロワーズは、もっとお洒落だったんだけどなあ
少し顔をしかめ
デスクの上に置いた白い箱を、指先で弄んでいます。
中世の騎士がつける兜の両側に拡げられた天使の羽の絵
日本でも同じブランドは売られているけれど、箱の色は
白ではなく、ターコイズブルーで
それにはしっかりとフィルターもついて
タールもニコチンも、今どきの健康志向のために
低く押さえられているのだそうです。
お洒落でなくなった、というのは
箱の裏表にその国の言葉で大きく印刷されている
「煙草を吸うとガンになる」という意味らしい、無粋な注意書きのためでした。
それは箱の半分以上の面積を占めていて
美しいフランス語のロゴも、兜と天使の羽の紋様も
余白に小さく追いやられ
なんだか肩身が狭そうにしています。
話したこと、ありましたっけ。僕は学校が関西でね
九州から出てきた田舎ものには都会は見るもの聞くもの
なにもかも珍しくて
日曜になるとバイトで稼いだ千円札をポケットに突っ込んで電車に乗り
京都や神戸を見物にいくんだ
行くといってもわけもわからず、目的もなく、ただ
歩いて回るだけなんだけど
神戸の元町は港のそばで、そこは外国の匂いがした
通りの店には高価そうなケーキが輝くショーケース
パン屋からは小麦とイーストの焦げる香り
大通りを外れて坂道を上ると
生垣に囲まれた美しい洋館がひっそりと町を見下ろしていた
きっとこんな家に住む人が、あのキラキラ光るケーキを食べるのかな
あの、焼きたてのパンを買うのかな
そう想像するだけでワクワクした
町には外国人もたくさん歩いていて
その行き交う人々を眺めているうちに、ほんの少し
冒険をしたくなった
大通りを外れた路地の奥に、英語で店の名を描いたバーを見つけた
夕方の早い時間だったけれど
その店だけ看板に灯りがともり、暗がりに
ぼんやりと浮かび上がっていた
勇気を振り絞り、ドアを押した
古い木のテーブル、薄汚れた椅子
天井から下がる煤けたオレンジ色のランプ
見慣れない酒の瓶が並ぶ薄暗いカウンターで、蝶ネクタイをした
ひげづらの老人が
ちらりとこちらに視線を送り、いらっしゃいませ、といった
古びた、ほこりっぽいカウンターのドアに近い隅に、大柄な白人らしい男と
その連れらしい女が座っていた
客は、その二人だけ
男は背をむけたまま、こちらを振り向こうともしない
足がすくんだ
けれど、カウンターの奥の端に、なんとか腰をかけた
なにを飲めばいいのか分からなかったけれど
ともかく、水割りを頼んだ
たぶん声もうわずっていたと思う。
男に寄り添って座る女は、若くはなかった
長いつけまつげと頬紅と、濃い色の口紅
短いスカートから
黒い網タイツの足がむき出しに見えていた
頬杖をつき、女は、泣いている、ようにみえた
女が何かを呟いて
その言葉を待っていたように二人は立ち上がった
ドアの閉まる音がして
カウンターに、独りになった
まだ薄い煙をあげている、女が酒の名前を印刷した灰皿にもみ消した煙草の
フィルターが口紅で赤く染まっていた
老人は奥の、天井から下がるランプの灯りが届かない暗がりに
何も言わず立ち、グラスを磨いている
煙草を、吸いたくなった
吸いたくはなかったのかもしれない
ほかに間を持たせる方法を思いつかなかった
たばこ、ありますか、と尋ねた
ないけど、よかったら、どうぞこれを
老人が棚から小さな箱を取り、カウンターに置いた
角のつぶれた小さな白い箱
中世の騎士がつける兜と、いま羽ばたこうとする天使の羽が
印刷をされている
乱雑に破られた中を指先で探ると、
フィルターのない、ただ葉を紙で巻いただけの煙草が一本、残っていた
いいんですか?
尋ねると
さっきの客の忘れ物です
あの客は船員で、船は明日の朝、出航なのです
ここに戻ってくるのは、さあ、三ヶ月か、半年のちか
だから、いいのです
老人のバーテンダーは、そういって、微かに笑った
その、箱いっぱいに紋様を描いた煙草の箱は
それからずっと、捨てずにいた
友達にもらったキーホルダーや小さな車の玩具や、そんな
つまらないものと一緒に
角がつぶれたまま、少しずつ色あせて、それでも
部屋の棚の隅にあったけれど
でも、どうしたんだろうね
何度も引越しをして、卒業して、仕事を持って結婚をして
いつか、捨てちゃったんだろうな
あと半年ほどで五十歳のお誕生日を迎える彼は
言葉を切り
短くなった煙草をもみ消しました。
一九か二十歳の頃に一度だけ訪ねたバーの記憶を
そして若かった、その時代を
美しい紋様とロゴよりもずっと大きく
「これはあなたの体に害である」と書き加えられてしまった
フランスの煙草の箱を手がかりに
彼は、思い出したようでした。
その店は、まだそこにあるだろうか
あの町をもう一度訪ねても、どの路地を曲がればたどりつくのかさえ
きっと、憶えてはいない
カウンターの老人と、あの船員と女は、いまどこで
なにをしているだろう
三ヶ月か、それとも半年後、男は、置き忘れたゴロワーズを
取りに戻っただろうか
戻ろうとして、けして戻れない
むしろそのバーも、つぶれかけた白い箱の記憶さえも、彼が異郷で見た
まぼろしだったのかもしれない
と思うのは
私の妄想癖のためでしょうか
〜夜話通・2008年1月21日より〜
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2009.02.21 ▲
ちょうど一年ほど前、HPに
十四歳の夏に援助交際をした少女の
小さなエピソードを綴りました。
その後も彼女は、時折メールをくださるのです。
忘れたころに、突然、ぽつりと。
さしたる用ではないけれど、それでも何度か送信と受信を繰り返し
近況を伝えあったりして
そしてどちらかのメールを最後に、終わる。その
深夜に突然始まり終わる、キャッチボールのような言葉の往復は
わたしのことを忘れてない?忘れてないよ
ちゃんと生きてる?もちろんよ
そうしてお互いを確認をしあうためのもの、のようにも思えます。
お正月の休暇が終わろうという頃に届いたメールは
たくさんの、キラキラ動く絵文字で彩られた
あけましておめでとうございまあ〜す
でした。
可愛いネズミが、あけおめ〜!と叫んでいるアニメも添付されていて
あの、冬のカフェで会った後も
彼女とは何度かお茶をしました。
陽射しのさす大きなガラス窓がお気に入りらしく
いつも待ち合わせは同じお店で、彼女は同じ、窓際の席を選んだ。けれど
初めて会った午後、BGMで流れていた
ローズを
そののちにお店で聞くことはありませんでした。
暮れにお会いしたときは、薄く日に焼けて、元気そうに見えました。
お仕事は見つかった?
尋ねると、わたしの目をまっすぐに見て
はい!と、大きな声で答える
先生に注意され、わかった?と念を押されたときの
中学生のような返事は
初めて会った日と変わりなく
それが可愛く、そしてその元気さが、切なくも思えるのです。
いろんなとこ探したんだけど、高校行ってないでしょお
中学は、なんとか卒業させてもらえたけど
だから面接とか行っても、どこも断られちゃうんです
それでお父さんが、うちの仕事手伝えって言ってくれて
いま毎日、現場なんですよお
お父さまは電気工事業をされているそうで
ビルの建設現場で、この人は
年配の男たちに混じって
電気の配線やコンセントの取り付け工事をしているのでした。
黄色のヘルメットを被り、膝の横にポケットのついた
ベージュの作業ズボンを履き、軍手をし
暖房さえない、砂埃の浮く、真冬のコンクリートの床に膝をつき
朝は現場に七時にはついて
工事が遅れてたりすると徹夜になったりして、そんなときはすごく
眠くて寒いけど
でも、楽しいですよお
わたし、おじちゃんたちのあいだで、現場のアイドルなんです
少女らしい、お尻が見えそうなほど短いミニからは
幼い頃はバレエを習っていたという
細く長い足が伸び
小さな顔にクルクルと動く大きな目
濃い目の茶に染めた、胸まで届くストレートの髪
キャミソールの上からでもはっきりとわかる
こんもりと膨らんだ形のよい胸に
折れそうな腰
その年頃の女の子が誰も憧れるネイルアートが彼女も好きで
初めて会った日
長い付け爪に花びらを描き、小さなストーンまでつけた可愛い指先を
昨日がんばったんですよお
少し恥らいながら、見せてくれた
私の知っている彼女は、そんな人でした。
顔立ちも、立ち姿の美しさも、変わらない
けれど、その日の彼女の
久しぶりに町へ出かけるために急いで塗ったらしい
薄い色のマニキュアの爪は短く切られ
指先はささくれ立って、荒れている。
一生懸命お化粧をして、可愛いワンピースを着てはいても
あのサラサラと流れるようだった髪は、いまは
首筋が見えるほど、短い
パパと話せるようになって、よかったね
私の問いかけに、少女は何も答えず
うつむいて
冷めてミルクの薄い膜が浮くカフェオレのカップを、見つめている
ああ、いまもこの人は、父親も母親も、けっして
受け入れてはいないのだ
気の回らない私は、目を伏せた彼女に、やっとそう気づいたのです。
十四歳の夏の
まつげに塗りつけた濃いマスカラ、リップグロスで光る唇
ミニスカートに、胸の谷間の覗くノースリーブ
それはきっと、家出をした少女が憶えた
男に高く買われるための術だった
その代わりに、いまは
父親に抗わず、よい子でいる技術を憶えた
それだけのことなのかもしれない。
化粧をしないままの顔にヘルメットを被り
作業服で埃にまみれ、仕事をしていれば
その日を思い出さずにいられるから
いま、この人は
口紅もキャミソールも纏わずに済む日々だからこそ
きっと、生きていられるのだ
あの夏が過ぎてから、セックスは、していない
男のすべてが、あの夏に自分を買った八十人の男と
おなじにみえる
もう、セックスは、一生しない
彼女は、そう言います。
男の人と、例えば偶然にほんの三秒肩が触れただけで
鳥肌が立つのだそうです。そして
ふくらはぎや太ももの内側には
あの夏、好きだった、という男が
煙草を押し付けた火傷のあとが、今も薄く、いくつもいくつも
残ったままで
こんどいつか、遊びに行ってもいいですかあ?
あけおめ〜!のアニメがついたメールにお返事をすると
そう、返信がありました。
どうぞどうぞ
子どもがいるから落ち着けないけど、大歓迎よ
お休みの日の前に、お泊りの用意をして来たら?
娘もきっと、喜ぶわ
わ〜い!ありがとうございます
もうすぐ、小学校なんですよね
よし、わたし、なんかお祝い持ってきます!
なにがいいかなあ
お気遣いをしないで。楽しみにしてるわ
メールを打ちながら
祈るように、思う
五年でも、十年でも二十年でも
時間が、そのささくれた心を、いつか癒やしますように
彼女は、昨年の秋
十七歳になりました。
「クローズしたHPから・Page22」
http://sayonoyobanashi.blog40.fc2.com/blog-entry-45.html
〜夜話通信・2008年1月14日より〜
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2009.02.15 ▲
暮れの三十日
時折落ちてくる大粒の雪のなかを車を走らせ
母のマンションにたどり着くと
彼女は窓をすべて開け放し
部屋の大掃除をしていました(^_^;)
あらー?もう来ちゃったの、ごめんごめん
昨日まで仕事だったから、年末の大掃除とかぜんぜんできてなくてねー
母はキッチンの流しの前に椅子を引きずり出し
大きなねじ回しで
換気扇のカバーを外そうと格闘をしている最中でした。
居間には使いかけのクリーナーと、雑巾バケツが放り出されたままです。
いつもより少しだけ(^_^;)丁寧な掃除を、私も済ませてはきましたが
母の部屋も一人暮らしのマンションなのだし
そんなに掃除に手間がかかるわけではないのです。
けれど
いつもこの人は、暮れの大掃除を欠かしません。
子どもの頃は、家中の畳を上げて庭に干してたのよお
障子の紙を張り替えたり、そんなこともしてたんだけどねえ
それはいいけれど
開けっ放しの窓から雪が降りこんでるわよ
一年の埃を払い、すがすがしく新しい年を迎えたい
この年代の人だな、と思う。
私が小ちゃかったころ
年末の大掃除を取り仕切るのはおじいちゃんだったの
おじいちゃんが言うのよ
天井のすみの、電球の灯りが届かないところ、お風呂場の隅
トイレにも台所の水周りにも
落ち葉が吹きだまる庭の植え込みの下にもゴミ置き場にも
それぞれ神様がおわす
その、日頃は手の届きにくいところの埃を払って新年を迎えなければ
そこにおわす神様に
叱られる
前回、昭和が平成に変わった日、のことなどをお話しましたが
母も、昭和の人なのだな、と思います。
そうして日本の人は、見えないけれど
部屋にも庭にも、そして森にも海にも確かにいる
幾人もの神様の
障りに触れないよう、畏れて、敬って
日常を生きたのだな
などと考えている暇はなく、ほとんど強制的に
彼女を手伝うことになりました。
ともかく掃除を終わらせなければ、座る場所もないのです。
ベランダの窓を磨き、悪戦苦闘の末に
やっとエアコンのフィルターを外して洗い
娘もお手伝いを面白がって、
おってつだい、おってつだい、と呪文を唱えながら
クリーナーを掛けてくれています。
一通り終わったのは、もう暗くなりかけた頃でした。
ふう、と息をついて座り込み
娘とテーブルのお菓子をつまんでいる私に目もくれず
母は、いつもの年のように明日煮る予定の黒豆を水に浸し
牛蒡の皮をタワシで擦り
そうして、ささやかなおせち料理の準備を始めるのでした。
元日の朝、そう多くはないけれど、母宛の
年賀状が届いていました。
居間のテーブルに置かれていた束を、何げなく
一葉一葉めくって眺めていると
親戚の方や、聞き覚えのある勤め先の上司からの賀状に混ざって
記憶のない男性のお名前があります。
丁寧に水彩で手描きしたらしいネズミのイラストの隅に
達筆な筆で、謹賀新年、としたためてあります。ただ、その隅に
昨年はあなたに出会えて幸せでした
今年も、よろしく
と添えられていて
なにかその一行に、ただならぬものを感じ
これ、だれなの?
朝食の用意をしている母に尋ねると
あら、と私の手から年賀状を取り上げ、まじまじと
葉書の文字を目で追っています。
友だちよ、仕事の、知り合い
けれど、なぜかしらそのとき、彼女がうろたえたように
そして頬が僅かに染まったように感じたのでした。
あやしい(*^_^*)
もしかして・・・・・・恋人ができたのかしら。
五十歳を過ぎても独り身の女なのだし
恋をするのは、自然なことかもしれない。
むしろ父と別れてから、ずっと幸せの薄かった
というより暮らしに追われ、私を育てることに追われるうち
いつかため息をついて諦めてしまった
ささやかな夢でさえ、見ないようにしようと決めた彼女の
新しい年に
そんな暖かい思いを寄せて下さる人が現れたのなら
娘としても、これ以上有難いことはないのでした。
母が、いつもの年に増して、部屋の大掃除に力を込めたのは
その、男性のためだったのでしょうか。
遠くない日に、彼を部屋に迎えるために
それとも
その日までの自身を
洗い流したかったのではないか、とも思うのです。
換気扇にこびりついた油汚れとともに
昨日までの、自分を
この人って、もしかして、彼氏?
そうからかおうとして、やめました。
そんなことより、あんた、自分はどうなの?
もうじき三十なのに、もらってくれる人、いないのー?なんて
反撃されることは、目に見えているから
〜夜話通信・2008年1月7日(月)より〜
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2009.02.07 ▲
1989年は、昭和が終わった年でした。
なにか重い圧力のような、目に見えない大きな波に襲われる予感に
大人たちが怯え
息をひそめ、そのときを待っている
小学校の低学年だった私には、それが何なのかは分からないけれど
お正月というのに、いつものようにお笑いや、歌の番組もない
暮れになると催される商店街のお餅つき大会に
幼稚園の頃から毎年
母に連れて行ってもらったのに
その年は、お餅つき大会も
がらがらポンの抽選会を楽しみにしていた歳末大売出しも、中止
デパートの入口に据えられて、子どもの心にも
ああお正月がくるのだな
そう浮き立つような気持ちにさせてくれた、艶やかで
背丈よりも大きな門松も飾られず
その寂しさに、とてもがっかりしたことを憶えています。
年が明けるというけれど
その来る年は楽しいことなんてなさそう、というより
なにか、よくないことが起こるのだ
今年はおめでとう、とも言ってはいけないんだ
そう父に諭されて
いつの間にかつまらないお正月が過ぎ、翌週は三学期が始まるという日
目を覚ますと父と母が揃って居間に座り、難しい顔をして
分厚い新聞を読んでいた
その頃は読めなかったけれど、印刷をされた大きな活字は
天皇崩御、だったのだろうと思います。
もっと幼い頃
今日は大晦日で一年の終わり
夜が明ければ新しい年がやってくると聞かされて
一二月三一日の二四時、日付が変わるその瞬間に
なにか想像もできない、特別なことが起こるのではないか、と
密かに考えていました。
例えば買ってもらった折り紙の、一番上の金色を一枚めくると
その下は真っ赤な紙
そんなふうに空の色が変わったり、町の空気が別のものに変わったり
その瞬間を見たくて、いつもワクワクし
今年こそは一二時まで起きていよう、見逃さないようにしようと
いつも眠い目を擦りながら大人たちに混ざってこたつにもぐり
紅白歌合戦のを見ていたけれど・・・・・
気づくと布団の中で、朝になっているのでした。
そうか、時代が変わるというのは、これだったのだ
1989年の初春
学校が始まってもどこか声を潜めて話す大人たちに
母に連れられて入ったスーパーの
いつもの賑やかなBGMのない、異様な静けさに
そう感じた記憶があります。
今日から平成です
偉いおじいちゃまが
お習字のような紙を、すこし誇らしげにかざしたとき
へんな名前、と思った。
まだかろうじて二十代(^_^;)の私たちには、もう
おぼろげな記憶でしかないけれど
昭和天皇と同じ時代を生きた人々にとって、昭和は
いまが平穏であるからこそ、忘れられない
次々と激しい波の押し寄せる時代だったのだろうと思います。
テレビも特別番組が多くなった昨日、お笑いやバラエティの隙間に
流れた、短いニュース
パキスタンで、白いスカーフの女性が撃たれました
大統領選を前に情勢は緊迫しています
私の生まれ、育った今日まで
私の周りは平穏だった。
人並みの小さな哀しみや挫折や、そしてきっとそれらと同じ分量の
喜びがあった。でも
クーデターに怯えることも、人を銃で撃ち殺さねばならないことも、なかった
その、前首相が暗殺された国のように、そして
昭和のように
その私たちの平穏は、実は、得ようとして得がたいものだと思うのです。
憶えているのは、天皇の崩御から何日かが過ぎて
たしか夜十時のニュースのキャスターの方が
昭和が平成に変わったと、さも時代そのものが
劇的に変わってしまったように言うけれど
それはこの、小さな島国でだけ起こっていることで
世界は、ただ
1988が、1989になった、それだけのことです
そう話されるのを聞き、なるほどなあ、と思ったことです。
たしかにそうだ、別の国では、別のことが、起こっているのだ
あの、1989年の一月、官房長官が平成の年号をかざした日のように
折り紙を一枚、めくるように
いま
手にした棒でバスの窓を叩き割り、火をつけ、町を焼いている人々の国にも
時代が変わったと
全てが終わり、今日から新しくなると
いう日が訪れますように
もう数時間で訪れる、新しい年に
真っ白のスカーフの人撃たれたと しょこたんの顔にかぶる速報
(小夜詠む)
〜夜話通信・2007年大晦日の午後〜
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2009.01.30 ▲
少し前、髪をそろえたくなり、行きつけの美容室を訪ねました。
いつも担当をしてくださって
仲よくなったアシスタントの女性が、シャンプーをしながら
話しかけてきます。
クリスマスは、ご主人と娘さんと、三人で過ごすんですかー?
ご主人は、いないのよ
答えようとして
わざわざ伝えることでもない、と
シャンプー台に仰向けに寝かされて目を閉じたまま、曖昧に笑う
あなたは、どうなの?イヴの夜は、彼氏と一緒?
何げなくそう口にして
ああ、この人たちの職業には
きっとクリスマスの夜なんてないのだわ、とすぐに思いなおし
その、自分の小さな失敗を悔やんでいました。
美容師、という仕事は
今も十代の女の子たちにとって憧れで
就きたい職業はなに、と高校生にアンケートを取れば
保育士や看護師と並んで
必ずベスト三に入るのだそうです。
売春やドラッグや暴力や
そんな荒れた生活の果てに捕らえられ
鑑別所で暮らす少女たちに
ここを出たら、何になりたい?と尋ねても、彼女たちはきまって
美容師、と答える
ここを出たら、まじめになって、専門学校に行きたい
がんばって、いつか小さくてもいいから、自分のお店を持ちたいです
流行の服をまとい、流行の髪に美しくメイクをし
ワックスのきいた、照明でキラキラと光るリノリウムの床に立ち
踊るような仕草で客の髪を切っている
そのヘアスタイリスト、とこの頃呼ばれる人々は
少女たちの目に
暗い客席の目前に浮かび上がる映画のスクリーンで微笑む
スターのように
キラキラと輝いて映っていて
けれど、その憧れの職業の現実が
辛いことばかりの、百日のうち、九九日は苦しいことばかりのものだと
仕事を始めて、僅か三日目には知らされて
少女の幼い、けれど必死の決意は、そうして無残に
砕けそうになる
仕事ですよお、お店、営業だもん
クリスマスも、大晦日もお正月も、し・ご・と・ですう
彼女は笑い、洗う手に力を込める
二十歳過ぎの、しなやかなはずの手は、今日はもう
十人のシャンプーをして
昨日は二十人の髪を洗って
カサカサに、ひび割れている
高校生の頃から憧れていた美容師になるため
卒業後は専門学校に通い
その後に都心の美容室に勤めたけれど
辛くて、辞めてしまった
そのあと一年くらい、居酒屋でバイトとかしてたんですけど
バイトの帰りに、暗い通りにひとつだけ
通りすがりの美容室に灯りがついてて、ガラスの向こうに
ひとりでレッスンしてる子が見えたんですよ
もう、十二時過ぎなのに
きっとあの人も、一年前の自分と同じように
眠い目を擦り
開店の二時間も前に出勤をしてパーマのロットを巻く練習をし
店が閉まっても、日付が変わるまでカットの練習をして
春の連休も大晦日も、友達たちが着飾って町に出るイヴの夜も
むくんで痛む足で立ち
叱られ、泣いて、それでも
ここにいるのだ
ああ、わたしもあのとき辞めちゃわなければ
いまも彼女と同じように、あそこに立ってたんだなって
いつかは、一流のスタイリストになりたいと願って
あそこに立ってたんだなって
思ったんです
その日に戻るために
翌日から彼女は就職情報誌を抱え
いくつも美容室を回ったのだそうです。
でも、一年ハンディがあるでしょお
どこの美容室も、そんな子を雇うより、専門学校を出たばかりの
新卒を使ったほうがいいに決まってるんですよ
しかも入ったとしても、年下の美容師について
アシスタントすることになったりして、店長さんも使い辛いし
どこに行っても断られ、冷たくあしらわれて
哀しくて哀しくて、その日訪ねた五件目の店の前で
お付き合いをしていた男性に電話をした
もうだめ、あきらめる
なに言ってんだ
お前、美容師になりたいんだろ
お前が本当に美容師になりたいのなら、その思いを分かってくれる人が
絶対にいる
泣いてるヒマがあるのなら、次の店の戸を叩け
百件に断られたら、また百件
決まるまで、帰ってくるな
電話の向こうの、彼の強い声で
もう一件だけ行ってみよう。一生懸命、頼んでみよう
それでダメだったら、諦めようと思った
その店が、ここなんです
その人、素敵だわ
もういいよ、頑張ったね、帰っておいで
そう言うのは簡単だけれど、それではきっと、心が折れてしまっていた
それは本当の優しさではない、と
彼は考えたのね、きっと
よい人に恵まれた彼女が羨ましくなり、答えたのですが
ドライヤーの温風を私の髪に当てながら
鏡の向こうの人は
でも、誕生日の日に、別れちゃったんですよー
と、笑った
客に話すことではないと思ったのか
その理由を、彼女は続けませんでした。
あ、そうだ、宝くじ、買いましたー?
話題を変えるように、突然
明るい声で話しかけるので
私、買ったことないのよ、何だか当たる気がしなくって、と答えると
わたし、買ったんですよ、誕生日の次の日
一枚だけ
寂しげな笑顔で、呟いた
一枚だけ
当たったら、なにか、変わるような気がして
きっと生きてゆくための拠り所だった男を失っても
もう辞めてしまおう、逃げようと思った、何年か前のあの日と同じに
今日もむくんだ足が痛み
心がいま、また折れそうになっても
なにもない、クリスマスが過ぎても
運命とか、人生とか、そんな何かが
だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし
(宇都宮敦/ショートソング・枡野浩一著より)
〜 夜話通信・2007年12月10日より〜
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2009.01.24 ▲
就職をしてすぐ、まだ
二ヶ月も過ぎていない研修期間のころ
同僚の男性社員に告白、をされたことがあります。
お洒落なイタリアレストランを、彼は予約をしていて
そこは学生たちが少ないお小遣いを気にしながら
割り勘で飲むお店とは
別の空間に思えました。
彼は、私にはよくわからないワインをオーダーし
黒い服の女性はしずしずと
クーラーを乗せたワゴンを押してやってきた。
けれど何を話したのか、よく憶えていないのです。
ただ、記憶にあるのは
今は付き合ってる男はいるのか、そして
それまでの男はどんなヤツだった
そう畳み掛けるように尋ねられたことです。
学生のころ、ほんの少し、お付き合いをした人がいました
正直に答えると、彼は
そいつ、どんな車に乗ってた?
と聞いた
オレがいま乗ってるあれは、買うときビーエムにするか迷ったんだけど
でも今どきは国産のほうがステイタスあるもんね
そう言って、彼は窓の外の駐車場に停めた
街灯を映して光る、トヨタの若者向け高級車を顎で指した
車にはあまり詳しくないので、よく分からないけれど
たしかファミリアかカローラか、そんなのでした。
答えると、彼はフン、と
唇の端で、笑った
食事の最後に出された、ジェラートやフルーツを飾った
ケーキをつつきながら
これから、ドライブに行こうよ
そう誘われましたが
たしか見たいテレビがある
そんなありふれた言い訳をしたと思います。
人の価値を、乗る車で計る
それは、まだ社会の現実の切れ端も見ていない
二十歳を過ぎたばかりの私にも
卑しい、と思えて
けれど今になれば、そうして人を計りながら生きてゆく世界に
私は、誰もが、身を置いているのだと
理解はできるのです。
SEXと嘘とビデオテープ、という、カンヌを受賞した古い映画に描かれる
どこにでもいそうな夫婦は、見た目にはとても幸せで
けれどそれぞれに、嘘を
抱えて暮らしていました
密かに彼女の妹とセックスに耽る夫を、妻は
問い詰めることもできず
ある日
壊れそうになる彼女の前に、ひとりの男がふらりと現れる
妻は、その男に惹かれた。けれど
彼は不能者でした
二人のもとを去る日、男は
あななたたちはなぜ、そんなにも重い
鍵の束を抱えることを望むのか、と問いかける
住む家の鍵、恋人の部屋の鍵、大金をはたいて手に入れた車の鍵
盗まれてはならないと宝石をしまい込んだ金庫の鍵
ひとつ、またひとつ、手に入れて鎖に繋いだ
その鍵の束さえ
捨てれば
こんなにも軽いのに
鍵などひとつも持たなくても、こうして生きてゆけるのに
むしろ
鍵はきっと、幸せへの
執着のしるしで
それこそが、あなたやわたしの、生きる人の足取りを重くする
見たいテレビー?
あの日
彼は私の返答を口の中でそう反芻し
キャンドルの火が揺れる
真っ白なテーブルクロスの上に、私の目に留まるように置いた
真鍮のキーホルダーをつけた車の鍵を
苛立たしげに指先で弄び
キーホルダーはろうそくの炎を映して光り
小さく、金属の音を立てた
〜夜話通信・2007年12月3日より〜
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2009.01.17 ▲
小学校にあがる早春の日
赤いランドセルを買ってもらった
ビニール袋から取り出すと、皮のいい匂いがした
テストの点数がよかったとき、早く母に見せたくて
家までの道を駆けていると
背中で大きなランドセルが飛び跳ねて、中で筆箱が
カチャカチャと音を立てた
子どもたちはみな、真新しいランドセルだったけれど
ひとりだけ、お古の子がいました
その子はたしか四人兄弟で、いちばん上の子から順番に
順送りに使われた
黒いランドセルは、もう古びて、ぺちゃんこになっていました
かわいそう、と思ったような気がします
皮が擦れ、茶色の地肌さえ見えているランドセルを背負い
教室に入ってくる彼に、周りの子たちは子どもらしい
残酷さで
おまえの、ぼろぼろー
そうはやしたて、そして
掴み合いの喧嘩になった
先生が駆けつけたとき、その子も、はやしたてた子も泣いていて
私も泣いていて
きっといまの私と同じ年頃だった女性の先生は
はい、仲直りしなさい、と男の子たちに握手をさせ
でもなぜ、あんたも泣いてるの、と
私の頭を撫でた
豊かさや貧しさや母のない子や父を知らない子や
それぞれの家族に、それぞれの暮らしがあることを
小学校、という
社会に放り込まれた私は、そのとき生まれて初めて
知ったのかもしれません。そして
かわいそう、と思われることを恥として
自身をなじる、指をさす人に掴みかかっていった彼を
かわいそう、と感じた自分こそ
じつは何ひとつ真実を知らないのだと
教えられたのだ、とも思う
母がプレゼントしてくれたランドセルは
娘の体の半分ほどもあって
そのアンバランスさがおかしくて、可愛いのでした(*^_^*)
もおいいー?
そういって肩ベルトを外そうとする彼女に手を添えたとき
ふと、皮の匂いがした
二十年もまえのあの日、私は枕元に
入学式に着てゆく洋服と帽子と、それからランドセルを置いて眠った
目をつぶると、ほのかに皮の匂いがして
ああこの匂いは、小学生になる匂いだ
楽しそうで怖そうな、明日の朝目を覚ました瞬間に始まる
おとなの世界へ通じる匂いだ
そう思ったのです
あたらしい靴とあたらしいスカート、あたらしい帽子
そして、ピンクのランドセルに
生まれて初めての教科書と筆箱を詰め
娘が小学校に通うまで、あと五ヵ月です
〜夜話通信2007年11月26日より〜
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2009.01.11 ▲
夕食を済ませてテレビのバレーボール中継を観ていた娘が
ママ、あのさー
洗い物をしている私を振り返り、話しかけます。
あのさー、で彼女が話を始めるとき
決まって、それは私への問いかけで
その質問は、このごろ答えに困ることが多いのです。
あのさー、みてる人みんな、ニッポンのおうえんしてて
それって、ふびょーどーじゃない?
先日
幼稚園でなにがあったのか、バスを降りた彼女が、突然
あのさー、こどもがママとか、あとパパに似てるって、どおして?
と尋ねてきました。
そこはマンションのエレベーターの中で、ちょうど
外出から帰ってこられたらしい
ひとつ上の階にお住まいの若いご夫婦が乗り合わせていて
娘の大きな声はもちろん
そのお二人にも聞こえたのでした。
奥様のほうが、ふふ、かわいい、と
お隣のご主人に笑顔を向けました。
エレベーターの狭い箱の中でお邪魔にならないよう
娘の胸に両手を回し、足元に引き寄せている私を見上げ
彼女は畳み掛けてきます。
あのね、こどもはお母さんからうまれるでしょ
だからお母さんに似てるのはとうぜんでしょ
でもお父さんに似てるのは、どおして?
なぞだよー
手をつなぎ、壁によりかかるようにして立つご夫婦は
顔を見合わせ、懸命に笑いをこらえていて
私よりいくつか年下らしい奥様は
まだ幼ささえ残る丸顔の頬を染め
ママはどう答えるのだろう
興味しんしん、という風情で
娘と私をかわるがわる見比べるのでした。
五歳の子どもの目は、ときに辛辣で、容赦がありません。
バレーボールの試合は
テレビ局が用意をしたのか、観客席の人々のほとんど全てが
お揃いの長い風船のようなものを両手に掲げ
ニッポン、ニッポン、と
煽りたてる場内放送の声にあわせて叩き、
日本チームが得点をすればその音はますます大きくなり
相手がミスをすればまた、高くなる
そんな、話し声も聞こえないほどの大声援の中で進んでいました。
勝った人も、負けた人も、いっしょうけんめい、がんばったのだから
どっちの人にも、はくしゅ
運動会の日、彼女は
開会式の壇上でお話をする園長先生に、そう教えられた
不平等、という難しい熟語を、いつ覚えたのか分からないけれど
彼女の目は、誰ひとり暖かい拍手を送る人のない
主催国の会場で戦う
アフリカの国の選手たちへの気の毒と、そして
ニッポン、ニッポンと叫んでいる
自分の側、彼女自身が属する国の人々に
強い、恥、を見ていたようでした。
日本チームは、圧倒的に強い。
瞬く間に得点を奪われてゆく遠い国の選手たちに、観客席の声は
容赦なく降り注ぐ。
その統制された応援は、
いつか見た風景、のようにも見えました。
大陸から突き出した半島の、北側にあるという国の人々が
黒ぶちのメガネをかけた為政者の誕生日を祝い、酔ったように踊る
一糸乱れぬマスゲーム
娘は、怒っています。
へんだよ、かわいそおだよ、ちょっとくらい、おうえんしてあげたらいいのに
もお、みない
そう言ってリモコンを取り上げ、乱暴にチャンネルを変えた。
人々が声を合わせて叫ぶ
ニッポン、とはなにか
自らが属するものが勝者であって欲しいと願う
その思いの底にあるものは、なにか
人には誰にも帰属意識、というものがあって
自分が属するカタマリが
例えば民族が、誇るに足ると信じたい
他に比べて優っている、と信じたい
そうであれば、自分という個人、も
優れている、ことになる
属するものが負け
劣っていると分かれば、足がかりを失って不安になる
選手たちは、きっと、ただバレーが好きで
ただ、懸命にボールを追っているだけなのだろう
そう知ってはいても
画面から溢れ出る賑やかさとは裏腹の
酔うこと、の恐ろしさ、そして
どこかに属したい、孤立したくないと怯える私たちの
本能のようなひ弱さと、卑怯と
敵味方の優劣を自身に置き換える、その不条理を
五歳の幼稚園児は、見抜いているのでした。
けれど
やがて彼女も、学校や会社や、そして国や、例えば男や
そんな何かに足がかりを求め
そこで負けることにも、勝つことにも
必ず晒され
落胆も失意も不安も、勝ち組の喜びも誇りも、信頼も、裏切りも
絶望も孤独も
身に染みながら生きるのだと、切ないけれど、思うのです。
そうだねー、それじゃ、わたしたちだけでも
あいての人たち、応援してあげる?
そう話しかけてはみたけれど、もう娘は
テレビを見ようとはしませんでした。
〜夜話通信・2007年11月12日より〜
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2009.01.04 ▲
転勤や就職など、人の動きがピークになる春の頃は
私の勤める小さな不動産事務所でも、やはりお客様は多くなり
そのために毎年その季節になると一人か二人
アルバイトの方が入ってこられます。
この春のアルバイトさんは、高校を卒業してから
ずっと就職をせず、フリーター生活をしているという二十歳の女の子で
どういう訳か
とても私を気に入って下さったようでした。
事務所の中で一番年齢が近い同姓という馴染みやすさもあったのか
彼女はお昼を食べながら、自身のプライベートなお話を
よく聞かせて下さいました。
彼女が就職も進学もしなかったのは、高校二年生の頃から
お付き合いをしていた
男の子がいたからでした。
同い年の彼は
愛知県の大企業に就職が決まりました。
彼女の住む、熊本県と福岡県の境にある小さな町では
高卒の男子を受け入れる企業など、ないのです。
生産台数が世界一という自動車メーカーの工場に採用が決まったとき
両親や教師たちは
まだ十八歳の少年がひとりきり、遥か遠い町で暮らさねばならないことより
大企業で働くことのできる
きっと豊かで平穏な一生を約束された彼の未来を
手放しで喜んだのでした。
彼が故郷を出て、聞いたこともない名の町の
独身寮で暮らすことになったと聞き
彼女は、進学をすることをやめました。
ほんとはですね、看護士になりたくて、専門学校に行くはずだったんだけど
でも学校入っちゃうとバイトもできないし休みもないし
会いにいけないでしょ
そうして彼女は不定期のアルバイトをしてお金を貯め
月に一度か二度、新幹線で数時間もかかる彼の元へ通うことを選んだ
名古屋って都会なんだけど、やっぱり九州のほうがいいかなあ
食べ物とか味が濃くて、でも味噌カツは美味しかった
彼と訪ねた名古屋の町での出来事を、いくつか
彼女は楽しそうに話してくれました。
やっぱり九州のほうがいい、と口では言うけれど
二年を過ぎて彼が仕事に慣れ、生活にも余裕ができる来年の春には
家を出て、彼の住む町にゆく
そう、約束をした
その日まであと何ヶ月こんな暮らしを
あと何度、こうして新幹線に揺られて彼の元へゆき
週末の僅かな時間を過ごして
日曜の深夜の電車にまた独り乗る
そんなことを繰り返せばいいと
彼女は指を折り、数えているようでした。
数日前の午後、事務所のドアを押して
見覚えのある顔が入ってきました。
おひさしぶりです!あのですね、安いのでいいんだけど
ワンルームありませんかあ
彼女はこの町で、一人暮らしを始めるようでした。
あら・・・・・と口ごもり、尋ねることをためらっている私に
彼と別れちゃったんですよお、それで地元は働くとこないし
こっちに出てきて、仕事探そうと思って
春の頃、きみはいつも元気だねえ、と
男子社員からも可愛がられていた笑顔を作り
カウンターの向こうで、彼女はそう言いました。
なぜ別れたのか、理由は聞きませんでした。ただ
三年も付き合って、お互いの両親も知ってて
あと半年で一緒に暮らせる
はずだったのに
こんなことになるとか、考えもしなかった
仮申し込みの書類にサインをしながら、彼女は顔を伏せ
独り言のように
そう、つぶやいた。
社会保障費の負担もなく
低コストで雇い入れることができるという理由で
企業は臨時雇用の割合を増やしていて
政治に携わる人は、それを変えなければならない、という
けれど時折、女は
政治家や経済学者、という人々の想像もつかない理由で
社会の仕組みから外れることを、選ぶ
ただ、彼に会うために
新幹線の切符のために働き、旅費が貯まればそのアルバイトをやめ
帰ってくれば
飛び石を渡るように、渡り鳥のようにまた
次の仕事を探して情報誌のページを繰る
新幹線の切符を買うために、流行の洋服も友人との食事も唇を噛んで諦め
看護士になるはずだった未来もあっさりと捨てて
ただ愛知と九州を往復し続け
彼女は三年間を過ごした
女は時折そうして自分の未来を、自分の人生でなく
男に寄り添うことで、叶えようとする
そのふがいなくて切なくて、よるべなくて打算的で情けなくて
けれどそうできる、求めていた未来も何もかも男のために捨ててしまえる
強さも
女、なのだろうと思います。
最後に彼と会った夜
彼の元を
彼の住む町を時速三百キロで走り去る新幹線のシートに体を埋め
窓の外を飛ぶようにすぎる夜更けの街の灯りを、彼女は
泣かずに
見ていたと、私は思うのです
〜夜話通信・2007年10月22日より〜
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2008.12.27 ▲
お買い物の帰り道に、少し遠回りをして
いつもの川沿いの堤防を散歩する
河川敷のススキの穂が波のように揺れる
それを娘は不思議がり
だれかが、さあーっ、てしたみたい
そう言い表すのです
見えない大きな手が、一面のススキの原を、左から右へ
さあ、と撫でていった
その遥か向こう
陽射しの先に低く連なる山々の色も少し淡く
冬が近いのだなと思う
そうして年を越し、堤防から見下ろす公園の桜がピンクに染まる頃
娘は、小学校にあがります
〜夜話通信・2007年10月22日より〜
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2008.12.21 ▲
昨日は娘の幼稚園で運動会が催されました。
本当に久しぶりに、疲れ切るまではしゃいだような気がします。
娘はかけっこでぺたん、と転んでしまって(^_^;)
けれど、きちんとゴールまで走ったので
先生や周りの方たちが拍手で迎えて下さり
観客席から見ていると、走り終えたときの半泣きの表情は
すぐに笑顔に戻っていました。
母もまた運動会をとても楽しみにしていたようで
お昼は私が用意するからいいのよ、と伝えていたのに
ぎっしりと巻き寿司や唐揚げを詰め込んだ
重箱を抱えてやってきました。
これって何人分なの?
呆れて包みを開いていると、彼女は
これだけじゃないわよー
もうひとつのバッグから
両手に余るほどの栗が詰まったビニール袋、それに山のようなお菓子を
意気揚々と取り出すのでした。
10人分ほどのプラスティックのお皿とコップ
フォークにスプーンもしっかり用意して
誰かれなく、同じテントの方たちに配って回っています。
本当に・・・・お祭りの好きな人です(^_^;)
人のことは言えないけれど、彼女も娘が出る種目になると大騒ぎです。
父母たちをかき分けてテントの最前列に立ち
目の前を走りすぎる孫に大声で応援をしています。
母が叫ぶ声なんて、久しぶりに聞いたわ・・・・・
トラックの向こう側のコーナーで娘が転んだときなど
きゃあ、と叫んで立ちすくんでしまって
けれど立ち上がって走り始めると
よし!えらい!
と手を叩いて大喜びをしていました。
私の作ったいなり寿司を頬張っている娘の前に、自分の重箱から
山のようにウインナーや玉子焼きを乗せたお皿を置きながら
母は娘に
ママも小学生のとき、転んじゃったんだよー
そんな、よけいなことを言っています。
幼い日、今日の娘と同じように、体操着に赤白帽を被り
母とテントの下でお弁当を食べたことを、淡く憶えている
そばにカメラを首からさげた父がいたような気もする
そのときも母は、今日と同じように、食べきれないほどの
巻き寿司と唐揚げと茹で栗をシートに並べた
土曜の午後
図工の時間にみんなで色を塗った万国旗をヒモに連ね
校門にこしらえたアーチにピンクと白の薄紙で折った花を飾って
校庭にライン引きで白い線をひき
テントを立てる先生を手伝った
日曜の朝、花火の弾ける渇いた音で目覚め
大急ぎで支度をして
学校に駆けてゆくと
そこは見慣れた、いつもの場所ではなく
晴れがましくて賑やかな、別の国で
運動会が終わり、梯子に登った先生が紙の旗の連なりを降ろす
枠の線からはみ出さないようにと懸命に絵の具を塗った
赤や緑や青の万国旗は
校庭に横たわり、引きずられて土に汚れ、どれも少し
風で千切れかけ
畳んだテントの骨組みを同級生と運びながら
振り返っても
そこにはほんのひととき前
音楽と歓声で溢れていた場所はなく
人の波の中、笑顔でこちらに手を振った母の姿もそこにはなく
日は暮れかけていて
いつもの風景に戻ろうとする校庭の向こうに、いつもの校舎が
黒いシルエットに見え
ああ、お祭りが終わった、祭りが終わるというのは、こういうことかと
寂しくなったことは、憶えている
中学校の上級生のころから、母は学校の行事にあまり来なくなりました。
その頃から父との関係が冷え
別居をした後には、きっと私と二人の生活のために
休日に休みを取ることなどできなかったのだと思います。
体育祭のお昼休み
父母が来ない生徒は教室で昼食を取るように、と言われ
テントの下で輪になってお弁当を囲む人々を眺めながら
何人かのクラスメートとともに
教室の机で、お弁当を食べた
楕円に並んだ白いテントと秋の空に浮かんだ筋雲の映る教室の窓辺で
ひとり黙々と、それでも母が早起きして作ってくれた
巻き寿司を口に運んだ
その日の罪滅ぼしを、母はしたいのかもしれません。
ママはねー、転んだとき泣いちゃって、なだめるの大変だったんだから
いつまでも、びいびい泣き止まなくて
でも、あんたは、えらい!
私をダシにした慰めのような、賞賛のような言葉に
娘は紙コップを口にあてたまま
ちらり、と横目でこちらを見て
まるで、勝った、とでも言いたげに
にっ、と笑います。
その顔に、いーだ、とお返しをして、母を睨むと
彼女はもうあちらを向いて、見ず知らずのはずの
同じクラスの子のお婆ちゃまと
なにやら世間話に夢中なのでした。
〜夜話通信・2007年10月15日より〜
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2008.12.14 ▲
九州の都心部はノラ犬やノラ猫が多く、とりわけ福岡市は
捕獲される犬や猫の数が
全国で最も多いのだそうです。
シャワーを浴びて着替えなさい、と言っているのに、帰ってきた娘は
その前に、プリンがさきー
と、汗まみれの体操着のまま、冷蔵庫を開きます。
このごろ自我が強くなり、言うことを聞きません(^_^;)
夕食の用意をしていて、ふと振り返ると
彼女は、食べかけのプリンを手にしたまま、吸い寄せられるように
テレビの画面を見つめています。
プリンのカップが斜めになって、中身がこぼれてしまいそう。
画面には、ケージに入れられて鳴く、何匹もの子犬が映っていました。
殺処分される動物たちの現状と
子犬たちを少しでも救おうとするボランティアの人々を
地元のテレビ局は、こうして時折
夕方のワイドショーの題材にするのでした。
しまった、と思いました。
見せなければよかった、かもしれない。
でも、夢中になって画面に映る子犬たちに入り込んでいる娘を見ると
もうチャンネルは変えられない。
ねえ、ママー、さしょぶん、ってなにー?
殺処分・・・・・・・・どう説明すればよいのだろう。
年間に二万匹の犬や猫が捕らえられ、そのほとんどが
ガス室に送られる。
画面の向こうでナレーターの女性が伝えたその言葉の意味を
うまく伝える術が、私には見当たりませんでした。
子犬や子猫たちが、生まれてきたことに、意味はないのだろうか。
路地裏やゴミ捨て場で生まれ、お腹を空かせ、ただ鳴き
その泣き声で見つけ出され、捕らえられ
コンクリートと鉄格子の部屋に押し込められて
命を絶たれる
そして
胸が痛むけれど、憤りを感じるけれど、仕方がない
他にどんな方法があるのだと
ガスのスイッチを入れ
冷たい床を埋める小さな亡骸をひとつひとつ取り上げ、運ぶ
それを仕事にする人たちのことを
テレビを見つめている幼稚園児に、うがたず、誤らず
伝える言葉はあるだろうか
つまり、殺されちゃう、ってこと?
夕食を食べながら、彼女は畳みかけてきます。
そう、捨てちゃった人は、悪い人だね
捨てられたネコちゃんやワンちゃんは、かわいそうだね
ただね、あなたがいま食べている
じゃがいもさんも、とりさんも、おさかなさんも、みんな命があって
それをママも、あなたも食べて、生きていくのね
だから、ありがとう
じゃがいもさん、おさかなさん、ありがとうって思わなくちゃね
そう言ったけれど、まだ、わだかまりは残る。
論理をすりかえた、と、自分で分かってもいる。
以前から、何度も猫を飼いたいとせがまれるのですが
そのたびに、曖昧な返事でごまかしていました。
お昼のあいだはひとりぼっちでお留守番だから
ネコちゃんかわいそうだよ
彼女が猫を飼いたいのは、兄弟が欲しいという感情の裏返しではないか
とも思うのです。ただ
私は、動物を飼うのが、怖いのです。
「通信」を綴り始めて間もないころ、ちょうど娘と同じ年頃のある日
子犬を拾った
その、きっと病気だったむく毛の子犬と、祖父のお話をしたことがあります。
それはこの年齢になっても拭うことのできない、子どものころの
記憶なのでした。
食べ物にも命がある、などと言ってしまったためか、彼女は
フォークに突き刺した白身魚のフライを目の前に持ち上げ
じっと見つめています。
目が、寄り目になっています(^_^;)
ぱくり、と噛みついてから
あのね、じょおとかい、ってゆうのがあって
わんちゃん飼うひと、見つけるって
そう、言います。
保護センターでは、月に一度、捕らえた子犬のうちの何匹かを
希望する人に譲渡をする会が催されているそうです。
去勢をすること、最低限の訓練をすること、そして命を最後まで看取る
覚悟があるか
誰にでも、ということではなく、面接の中でそんな、犬を飼うための
心構えを確かめられた上で
人々は、選ばれた子犬に出会う。
そして、その引き取られてゆく子犬が、処分される数千のうち
僅かに命を永らえる一匹であることも
知らなければならない
譲渡会に行きたい、子犬をもらいたい、と
ねだるのかと思っていましたが
娘は、なにも言いませんでした。
彼女の心の中で、その事実に対して、何かが生まれ、何かが
苦い味の記憶として
残ったのかもしれません。
それとも飛び跳ね、新しい飼い主にまとわりついて甘える子犬に
笑顔を向ける人々の、その向こうに映る
コンクリートの建物こそが
今日まで何万も、何十万もの命を弔ったところなのだと
本能的に察したのだろうか。
この連休の間、私たちは自宅でのんびりと過ごしました。
午後、ベランダに出てカゴいっぱいのお洗濯物を干していると
娘が駆け寄ってきます。
はい、と彼女が一枚取り上げ、はい、と私が受け取り
ハンガーに吊るして
はい、はい、はい、なんて
まるでリレーのバトン渡しをしているようです(*^_^*)
部屋の掃除とお洗濯が終われば、もう夕暮れも近く
雨もあがったことだしと、夕食のお買い物に出かけました。
二人で重いビニール袋を提げ、歩いていると
路地から大きな猫が、のそりと出てきました。
お尻の下に立派な袋(^_^;)が下がっているので
オスだと分かります。
以前にも見かけたことのある、ノラ猫です。
マンションの住民たちがゴミに出す残り物も多いだろうし
また近くには飲食店やスーパーも並んでいるので
都心の彼たちは、食べ物には困らないようです。
きっと、かなりお年を召したそのオス猫は
お腹がタプタプと揺れるほど太っています。
このあたりを縄張りにするボスなのか、その姿は
威厳に溢れていて
私たちの前を、肩をいからせ
のっし、のっし、と横切り、ジロリ、とこちらを振り返る。
あー、ねこちゃん、と走り寄ろうとした娘に
うるさいなあ、と言いたげに
ドスの効いた声でにゃあ、と一声鳴いて
舗道沿いの家と家の隙間に、消えてゆきました。
命というのは、テレフォンカードと同じで
生まれた瞬間から、ポイントが減り始める。
そのポイントを、使い切ってゼロになるまで、何に
何のために使うかを
生まれたものは全て
私も娘も、そしてあの威厳に溢れたノラ猫も
試されているのかもしれません。
そうであれば、では、ゴミ置き場で生まれ、殺処分される
子猫と子犬のポイントカードは
なんのため、と思う。
〜夜話通信・2007年10月8日より〜
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2008.12.07 ▲
微笑みの国
タイのことをそう例えた旅行会社のキャッチコピーを
OL時代にプーケット島を訪ねた折
なるほど、と感じたことを憶えています。
旅先のホテルで、買い物に出かけた繁華街で
出会う人々は穏やかに笑顔を浮かべ、きっと今日の後は
二度と会うことはないだろう私たちに
別れ際、どうぞあなたが幸せでありますように
と手を合わせる
夕暮れには寺院からも家々の窓からも
祖先にたむけるお香の香りが漂って
少し郊外に向かえば、光が溢れる美しい水田のあぜ道を
水牛を引く人が、のんびりと歩いている
ただ
観光客を迎えるリゾート地でなければならないその国は
珍しいエスニック料理と美しい海とエステを楽しみに
二泊三日で訪れたOLたちに
決して見せることはない
見せてはならないこと、もあるようでした。
ずっと昔、ここが戦場で、町が焼き払われたことは知っている
すぐ隣の国で、百万とも二百万人ともいわれる人が
生きたまま土に埋められた、とも
聞いたことがある
けれど私たちが休暇を過ごしたホテルには、どの部屋にも
また廊下にさえ白やピンクの花が飾られ
窓からキラキラと差し込む日差しの中で
淡い香りを漂わせているのでした。
お土産を買ったバンコクから4WDの車で半日も走れば
ミャンマー、かつてビルマと呼ばれた国と
国境を接する北部の町に着く。
そこにはきっと私たちが訪ねたその日にも
森の向こうに潜んでいるかもしれない敵に向かって
血走った目で銃を構えている人々がいた
それを私たちは知ることもなく、知らされることもなく
数日をただ、過ごしました。
軍事政権になり、ミャンマーと呼び名が変わっても
人々は密かに
自分の故郷のことを、ビルマと呼ぶ。
昔のように
そこは仏教の国で、私たちがあの観光旅行で出会った人と同じように
静かに、今日の恵みに手を合わせ
暮らしていたはずでした。
托鉢のため毎朝家の前に立つお坊さまに功徳をすることを、人々は
千年の間、心のよりどころにして
けれどある朝、いつものようにお坊さまが村を訪ねると
村人が苦しげに、口々に言う
ものの値段があがり、家族が食べるものもない
ごめんなさい
今朝はお坊さまのお鉢に入れる、ひと握りのお米さえ
うちにはないのです
そうして、僧侶たちは村人が平穏であるように
貧しさから逃れるようにと願い、祈りの行進を始めた。
その列に、軍隊が縄を投げ、犬のように僧侶たちを縛った。
そして、デモが始まった。
また始まるのか、と思います。
それはこの百年の間に、南アメリカで、アフリカで、そして
ベトナムでもタイでもカンボジアでも
何度も何度も、繰り返されたされたことだと
私のような女でも知っている。
道路に出て、デモを見ただけで捕らえられる。
隣の人と手を繋いだだけでデモに参加したとみなされ
手錠を掛けられる
軍隊の後ろには囚人たちが並ばされ、鎮圧に協力すれば
懲役を免除してやる
さあ殴れ、町の人々を追い散らせ
と背中を突きたてられている
そうして、ひとりのカメラマンが撃たれ
ニュースでもワイドショーでも
日本人が亡くなりました、殺されましたと
キャスターの男性が声高に叫び始める。
こちらは、暑いけれど、よいところです
いろいろと問題は抱えているけれど
数年前に知り合い
いまはお仕事の関係でバンコクにおられる方から
時折メールが届きます。
観光客たちに知らされなかった
というより
そんなことは今日は関係ない、ただ遊びに来たのだから
見ないように、考えないように、と
目をそむけて私たちが通り過ぎた多くのことを、その方は
数年もの間、ご家族と離れてタイに住まわれているうちに知り
ミャンマーでデモが起こった翌日の
短いメールに
その想いを託し、伝えようとしたのかもしれません。
ただの観光客だった私でさえ、いまそこで起こっていることを
毎晩のようにニュースで伝えられる
逃げ惑い、追い散らされて棒で殴られる人々を、そして
サンダル履きの兵士に撃たれ、飛び跳ねるように倒れる
カメラマンの映像と
その背景に映る、私が訪ねた町と同じ匂いがして、どこか懐かしい
アジアの雑踏の風景を目にするたび
これは数年前、この足で歩いた町の、すぐそばで起こっている
出来事なのだ、と気づかされるのだから。
あの日会ったホテルの雑用の、大きな美しい目をした少女は
車から降りるときに微笑んで手を合わせたタクシーの運転手は
いま、この瞬間なにをしているだろう
そう思わずにいられないのだから。
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2008.11.29 ▲









