クレソン 

就職をした年の夏、その頃お付き合いをしていた人と
九州の、湯布院温泉を訪ねました。

雑誌のグラビアでよく見かけるような、知られた屋号の旅館は
二十歳を過ぎたばかりの
私たちに手の届くはずもなく
二人はひと月も前から、会うたびに旅行ガイドを開いては

ここにしようか
それともここは露天風呂がよさそう、少し高いけれど、と
タックシールで印をつけ合った

記憶に残っているのは
そうして訪れた一夜の宿より、むしろ
プラスティックカップのアイスコーヒーを啜りながら
小さなテーブルに広げた何冊ものガイドブックを、顔を寄せ合い
覗き込んで過ごした、蒸し暑い初夏の
カフェなのでした。

二人きりで、小さな旅をする
二人が、同じ目的を持っている
その実感が、嬉しかった


それでも夕食を終え、お湯にも入り
浴衣のまま、手をつなぎ日の落ちた小川のほとりを歩いたことは
覚えている

旧い日本映画のスクリーンに迷い込んだような
木造りの小さな橋を渡ったとき
目の下の流れの周りに
背丈の低い、濃い緑色の草が、一面に茂っているのに気づきました。

葉のかたちに、見覚えがある
小走りで舗道の石段を降り、摘んでみると、やはりそれは
クレソンでした。

小ぎれいなレストランの、美しくしつらえられたサラダの端に
よく、ひと枝か二枝
可愛らしく添えられている、クレソンは

そこでは、私でも勢いをつけて跳ねれば
飛び越せそうなほどの小川の
ゆるやかに弧を描いて見えなくなる
ずっとずっと下流にまで

こんもりと毛足の長い、深緑の絨毯のように広がって
街灯や、川沿いの旅館の灯りに浮かび
山から降りてきた風にそよいでいる


翌年の初春に、結婚をしました。
夫は十二歳年上の、会社の上司でした。

役員にも目を掛けられるほどの営業マンだった彼は
そのころの私には眩しい、憧れに映ったのかもしれません。

陽射しが長くなるのを待ちわびて、彼にねだり
園芸店に連れて行ってもらった

白いプランターを三つと、その分量の土
それからスイートバジルとアップルミントと、クレソンの種を買った

遅く起きた日曜の朝、狭いベランダにテーブルを開いて
スクランブルエッグの端に、摘んだばかりのクレソンを添える
そんなことを、してみたかった

梅雨があけるころには、小さなプランターに溢れるほどの葉が茂り
たしか一度か二度
バジルの枝を摘み、パスタも作った

彼の帰宅を告げるドアチャイムの音を待ちながら
松の実とオリーブオイルとニンニクと、そして
台所に置けば部屋中が香るほどの、みずみずしい緑色の葉束を
ミキサーでかきまぜて

けれど手すりに嵌め込まれたガラスを透けて差し込む西日を受け、伸び伸びと育つ
葉たちは
その後あまり、使われることはありませんでした。

日付が変わるころ、彼は帰ってくる
ときには、どこかでシャワーを浴びたのか
髪を僅かに湿らせ、石鹸の匂いをさせて

夏の終わり、盛りが過ぎて硬くなり始めた草葉をすべて摘み
バジルは根元から切り取ってビニール袋に詰め
友人にあげてしまった

辛い諍いをした翌朝、ベランダに洗濯物を干しに出ると
それでも、ミントやクレソンは、乱暴に切り払った株の隅に
薄緑色の若葉を開いていました。

もういいのよ、芽を出さなくて。もう、いらないから
そう呟いて、でも
かわいそうで水をあげると、枯れかけた枝の先に開いた
小さな、小さな葉は
濡れて鮮やかに、かわいそうに、光った


小ぶりだけれど、よく熟れた
トマトを買った
それだけの理由で、トマトの料理が作りたくなり
たしかこのあたりに、と
本棚に積んだままの古い雑誌から、一冊を引き出してみる

お料理ビギナーにもできる、プロの味
このごろ見なくなった主婦タレントの笑顔にそんな見出しのかかる表紙は
端が折れ、
背の部分はいくらか色が褪せていて

この七年の間に三度引越しをした。
それでも、その月刊誌を捨てずにいたのは
ただの偶然
だったかもしれません。
主婦の誰もがそうであるように、
私も、気に入った料理の載る本を捨てられない
だからきっと、その程度のことだった

手にしたとき、ページの隙間から
ぱさり、と音をたて
光沢のある紙袋が三つ、床に落ちた
ミントとバジルと、クレソン
折りたたんだ袋の中には、砂粒ほどの黒い種が、まだひとつまみ
残っていました。

手をつなぎ、小川のほとりを歩いた人はその年、留年をしました。
そして私は日毎に、OLの暮らしに慣れた

このお菓子と、こっちのお菓子、どっちにする?
どちらかに決めなさい、といわれ、私はいつも、選んだあとで
後悔をする子だった


いつの頃が始まりかは分からない
いつのまにか町を流れる小川を、湖のまわりを、クレソンが
あのように覆ってしまったのです
旅館の方が、そんなことを仰っていた記憶があります。

川沿いのレストランのお客が食べ残した、あの噛むとわずかにほろ苦い
ひと葉が川に落ち
根付いたのか

それとも、野菜を売り歩くお年寄りのリヤカーが橋を渡るとき
一束がぽとり、と落ちたのか
いまはもう、わからない

金鱗湖と呼ばれる、冷えた朝には幻想のように朝もやが立ちこめるという
林の中にひっそりと眠る湖をみなもとにして
美しい町のなかほどを静かに巡る小川には
いまも
クレソンが茂っているだろうか



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